いつでもスッピン

思いついたことをいろいろと。やや辛口。

【days】生きる希望はないが、死ぬ勇気もない。

7/18に有名人の自殺した。

今までだったら、有名人の自殺に寂しさや悲しさ、憤りを感じつつも、

「そうか・・・」とやり過ごしていた。

しかし、今回は違った。やりきれない。ショックが大きい。

そして、一方的に、勝手に、共感に似た感情をもってしまった。

 

理由の一つは、親近性を勝手に感じたこと。

実際はどうなのか分からないが、

自殺の理由が不祥事や病的なものに起因していないように見え、

またコンスタントに仕事があって金銭的に困っているようにも見えない。

住む世界は全く違うけれど、"普通"に日々を過ごしている印象だった。

朝起きて働いて寝て、時に遊ぶという、"普通"の日々。

仕事の規模や生活環境、価値観などは全く違うけれど、

一般人と変わらないルーティンで"普通"に過ごしていると思っていた。

 

もう一つの理由は、私自身に精神的な弱さがあること。

個人的な事情にあわせて

コロナウィルスの自粛でひきこもった生活をしているため、生きていく活力がない。

すごく生活に困っているというわけでも、人間関係にトラブルがあるわけでもない。

ただ、今後を生きていくことに興味や希望を持てないし、

私の居場所がないような、いてもいなくても変わらないような、

そんな息苦しさも時々感じる。

もしも今、病気や事故で死亡したら、私は「ラッキー!」と思ってしまいそう。

"消極的自殺願望者"みたいなものなのかもしれない。

 

私の場合、上記の理由で、自分をその有名人と重ね合わせ、

自分と似た心境だったのではないかと勝手に思い、衝撃を受けたし、

そして、私が思っている以上に、

今の私に"死"が近くにあるのではないかとハッとさせられた。

 

もちろん実際にどんな悩みがあったかなんてわからないし、知る必要もない。

しかし、共感に近い感情をもったのは事実。

そして、自殺はダメなことではあるけれど、

もし"あの世"というものがあるのなら、

苦しみから解放されているといいなと思ってしまう。

(ただ、悲しんでいる人や迷惑受けている人がたくさんいるので、

同時に、猛省して欲しいとも思うが。)

そのくらい親近感を持ってしまっている。

 

また、後追い自殺をする人の気持ちも少しだけ分かったような気がする。

その人に対して好意をもっていることは事実だろうけど、少し違う気がする。

"その人に好意をもつこと"を心の支えにしていたのではないかと思う。

日々はいろいろと辛いけれど、その人のことを考えれば気持ちが救われるような、

自分の精神を保つための手段だったのではないかと。

その支えが無くなってしまったから、心が折れてしまうのかもしれない。

(趣味を複数もった方がいいと言われる理由の一つかもしれない。)

 

ただ、私は自死を選ぶ勇気はない。

こんなことを考えていてもお腹は減るのでご飯を食べる。

寝て起きて生きる。

 

 

※備忘録※

後日、変わった夢を見た。

暴徒化した民衆の行進に勇者が飛び込んで死ぬ夢。

勇者が飛び込んだことで民衆の暴徒化は治まるけど、

飛び込む前はただ笑っていただけなので、

本当に民衆を止めたかったのか、勇者の真意は分からないまま。

「まだ旅の途中で最終目標の魔王を倒していないよ!」と憤ったのだけど、

最後は笑顔だったので何も言えないって感じで夢は終わった。

 

自殺を私の中で引きずっている感じがする。