いつでもスッピン

思いついたことをいろいろと。やや辛口。

【animal】ペットは家族ではない。

私は7歳から11歳までの5年間、米&酪農農家で育った。

家畜動物が身近な存在だったためか、

今も「ペットは家族」という概念は無い。

 

私にとって、

人間社会の中にいる動物はほぼ「家畜」に近い扱い。

野良でもない限り、

ほとんどの動物は人間のために生まれ、

人間の都合で生き、そして死ぬ。

(野良は人間都合で死ぬことが多いが。)

中には人間社会の中でないと生きられないように

品種改良された動物もいる。

多くの動物は人間の都合に振り回されているからこそ

「何のために生まれ、何のために死ぬのか。」

と考え少しでも意味を残し、感謝し、

人間社会の都合と折り合いをつけて

生きている期間は幸せにすることが人間にできること。

 

人間の糧になる動物もいれば、人間をサポートする動物もいるし、

実験などで犠牲になる動物もいる。

動物の生死を人間都合で左右するからこそ大切にしなくてはいけない。

しかし、いやだからこそ、家族ではない。

ペットはペット。愛玩動物という認識。

 

もしかしたら私にとっての"家族"という概念が

他者と違うのかもしれない。

私にとって"家族"は、楽しいというより

とても重いものである。

家族を選んで生まれてくることはできないし、

どんなに性格が合わない人間が家族にいても

どんなに面倒な人間が家族にいても

縁を切りたくても簡単には切れない。

よく言えば個人を尊重し、悪く言えば自分勝手。

それぞれの考えがあるから、

自分の都合には合わせてくれない時があるし、

私も合わせない時がある。

仲良しなだけではいられない。そんな集まりが家族。

 

反して、動物は(一部を除いて)人間に売買されて暮らす場所が決まり、

自由に好きな場所へ行けず行動を制限され、

好きなものも好きな時に食べられず、

動物の本能である子孫繁栄(繁殖)も制限され、

納得いかないことがあったとしても人間に合わせるしかない。

そんな関係を"家族"と呼べるのだろうか。

 

ペットに限らず、盲導犬などの使役犬は普通のペット犬とは違って

人間のために一生のほとんどを

行動制限されている(しかも楽しくない)ので感謝しかないし、

家畜も人間の血肉となってくれて感謝しかないし、

「見た目が可愛い」「頭が良い」だけで

特定の動物の愛護運動が発生することに違和感があるし、

外来種で駆除対象になっている動物のほとんどは

人間が原因になっていることが多いので

在来種・外来種どちらにも申し訳ない気持ちもあるし。

 

極論を言えば、

ペットも含む全て動物にとっての一番の幸せは

人間のいない世界で暮らすことだと思う。

食物連鎖の世界の中で本能のまま生きて死ぬこと。

 

 人間の都合に合わせて束縛し、人間社会で暮らさせている動物を

"家族"と呼ぶことに抵抗があるし、

"家族"と呼ぶこと自体が人間のエゴのように感じる。

いや、せめてもの贖罪なのか。それとも現実逃避なのか。