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見たい!聞きたい!言いたい!

いろいろなことを見たい。いろいろな人からいろいろなことを聞きたい。そして、いろいろなことを言いたい。

「働く」ということ。

人によって捉え方は様々だけど
私にとって「仕事」とは「等価交換」です。

自分の能力やスキル、労働力は、「お金」によって評価される。
自分の能力を向上させ、
仕事の責任を負うことで会社や世間に貢献すれば
昇給によって評価されるし、
昇給がなければ評価されていないということ。

給与以上に自分の労働力を使い続けていると思うなら
一度自分を見直します。
会社と自分の歯車が合っているのか。
今の給与(=評価)で妥協し続けることが出来るのか。
そもそも自分の能力を磨きたい仕事なのか。
本当にやりたい仕事なのか。

その結果、
給与と同等程度と自分が考える労働力で働き続けるか、
もっと自分の能力を磨き、より高給を求めて転職するか。
それだけです。

挨拶するということ。

「おはようございます」
「こんにちは」
「こんばんは」

接客されるうえで店員さんなどから
挨拶されることが多々あります。
そして、気恥ずかしかったり精神的に余裕がないと
まともに返答しないまま買い物の会計をして
早々に立ち去ることもあります。

でもそんな自分がなんだか嫌で、
多くの人にとっては些細なことだろうけど、
「気恥ずかしくても精神的に余裕がなくても
意識して視線を合わせ笑顔で挨拶する」
を頑張っています。
忘れることもあるけど。
そうしたら、今日はちょっとだけオマケしてくれました。
自分、ラッキー。

オマケも嬉しいけど、
嫌な自分と変えていくって気持ち良いものです。

失って気づくもの

左目用のコンタクトレンズを無くしました。
ソフトではなくハード。
電車の中で。

残った右目のコンタクトレンズを外すと
私の見る世界全てが何重にもぼんやりになってしまい
仕事にならないので、
右目はコンタクトレンズ左目は裸眼で1日過ごしました。

・視力ってやっぱり大事
コンタクトレンズの取り扱いも大事
・アンバランスな世界は気持ち悪い

は予想していたけど、

・見えなくてもどうにかなることが意外に多い
・というか、見えない(=知らない)方が穏やかに過ごせる時がある
・つまり、普段は見なくても良いものも見てしまうから
心が落ち着かないのかもしれない

ということを身をもって実感しました。

もちろん私の不注意は気をつけるべきこと。
ただ、「全てが必然」とは言うけれど、
眼に入るものはなんでも気になってしまう貪欲な私へ
「見えない世界」の良さを気づくキッカケでもあったのでしょう。

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