読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

見たい!聞きたい!言いたい!

いろいろなことを見たい。いろいろな人からいろいろなことを聞きたい。そして、いろいろなことを言いたい。

ペットは家族?

「ペットは家族」という言葉に違和感があります。

もちろん動物虐待を肯定しているわけではなく、

ペットを飼うのであれば愛護すべきです。最期まで看取るべきです。

 

ただ、たぶん私の経験が豊かで幸せではなかったのでしょう。

「家族」とは選ぶものではないし、

どんなに相性が悪くても何か障害が発生しても縁を簡単に切れるものでもないし、

大なり小なりお互いに情と責任を持つべきだし、

そんな中でも折り合いをつけて互いの幸せのために努力すべきだと思っています。

 

ですから、ペットショップなどで種類と見た目などで決めてしまうことに

違和感を感じてしまうし、

可愛いというだけで躾をまともにしないことに違和感を感じます。

正直、「ペットはペット。愛玩動物なのだから、動くぬいぐるみ感覚。」

と言い切ってくれるぐらいの方が

「動くぬいぐるみの手入れ方法教えるから死ぬまで面倒みてね!」

と割り切れるとさえ思っています。

 

また、「家族」と思っているのは人間側であって

ペットである動物がどう感じているかわかりません。

動物側に選択肢は最初からない場合が多いですから、

人間と一緒にいることが求められ、自由な行動を制限され、

発情すら制限されることがあるのですから、幸せなのかすらわかりません。

(そもそも動物によっては「家族」という概念がない可能性もありますが・・・。)

 

動物にとっての本当の幸せは本能に沿って生きることであり、

人間社会とは遮断した野生の中で生きることかもしれないとも考えているので

そういう意味でも「ペットは家族」という言葉に違和感を感じます。

 

動物にとっての幸せを考えれば考えるほど、私はペットを飼えません。

そしてペットショップの存在や人間の存在まで考えてしまいます。

広告を非表示にする

地球は誰のもの?

私は田舎育ちです。

田植えの準備(という名の遊び)や稲刈り(という名の遊び)を手伝っていましたし、

祖父が所有している山にタケノコ掘りにも行っていましたし、

遠足も野イチゴ摘みで山の中を歩き回っていました。

山の中で迷子になるかもしれないという恐怖も味わいましたので

その経験から自然の怖さを多少なりとも分かっているつもりです。

だから、人間が自然を把握し利用しようなんて烏滸がましいとも思いますし、

地球すべてがまるで人間のもののように扱うのは勘違いだとも思います。

あくまでも人間は地球の中で間借りしているという認識です。

 

インフラの整備や商品等の輸送など、

自然の中で仕事をしていた場合は仕方ないのですが、

遊びで気軽に自然に踏み込んで事故に遭うのは

自然を軽んじているように思えて仕方ありません。

もちろん、自然でなくとも、

人間は一度痛い目に遭わないと怖さが分からないということも分かります。

ですから、救助を実費請求するなどのペナルティを

設定すべきだと思います。

 

それでも山や海に行きたい。自然に挑戦したい。

その気持ちを否定はしません。自由です。

ただ、自然の中で死ぬこともあるという覚悟は持ってほしいですし、

むしろ「山や海で死ぬことが本望」ぐらいに思っていなければ、

自然や地球に対して失礼です。

多くの動物は、遊びではなく、

地球という中の自然と闘い共存しながら生きているのですから。

 

そして、人間が生活をしていない山や海にあえて入っていくのであれば、

自然を汚してほしくないです。

人間はあくまでも地球の中で間借りしているだけなのですから

自然を汚せば、必ずどこかでしっぺ返しがきます。

地球は人間のものではないです。

広告を非表示にする

私にとってのプロレス、それは。

昨日、テレビ朝日にて「プロレス総選挙」という番組が放送されました。


1位 アントニオ猪木

2位 ジャイアント馬場

3位 初代タイガーマスク

4位 オカダ・カズチカ

5位 力道山


というランキング結果に。

猪木・馬場は文句のつけようがありませんし、

4位にオカダカズチカが入っていることに対しても

異論はありません。

なぜならプロレスを純粋なスポーツとして見ていないからです。


純粋なスポーツとして捉えるのであれば、

技や体力の強さのみを追求すれば良いのであり、

そして強さのみのランキングであれば、また結果は変わるでしょう。


しかし、プロレスは他の格闘技とは違い、

強さのみでは人気は出づらい状況です。

入場時点から、衣装やパフォーマンスなどで

観客を引きつけ魅了することが求められていますし、

試合展開はもちろん、

試合終了後もマイクパフォーマンスやインタビューがあり、

観客との一体感や新たな展開への期待感などが求められます。


試合展開に関しても、

プロレスにおける防御方法は、


・相手の技を受け止める

・攻撃し返す(相手の技を避けて、技をかける)


ぐらいしかなく、防御体制はあまり取りません。

プロレスはプロレスラー個人の強さも必要ですが、

お互いの技をぶつけ合い、

いかに相手の体力を削っていくかの勝負だと思っています。

そして、技を出すタイミングや技のインパクト・華やかさなどが

観客を惹きつける要素として重要なのは当然です。


たとえ八百長で勝敗が決まっていたとしても、

結果よりも試合の過程が重要なことが多く、

試合中にどう魅せてくれるかを期待している観客が多いはずです。


そもそも強さだけを求めるのであれば、

ベビーフェイスやヒールという設定は必要ありません。

また、勝敗だけに固執するのであれば、

関節技などに絞って試合する方が遥かに楽です。


プロレスラーは基本的にセルフプロデュースらしいので、

いかに観客を魅了するキャラ設定や決め文句を考え出すか、

強さ以外にもプロレスラー各個人のセンスが問われます。

一種の演技力も必要でしょう。


プロレスを通して、いかに観客やファンに夢を与えたか。

そして、プロレスラーとしての"物語"を

同じ空間で観客にどれくらい体感させてくれて、

共感させてくれたのか。

そういう意味でのランキングとして納得です。

男は女を守るもの?

他国のことは知りませんが。

日本において、男尊女卑とまでは言いませんが、

「女性は男性から三歩下がってついていく」ことが

今でも多くの男性が潜在的に望んでいるように感じます。


男性と女性では差がつきやすい体力面などでは

必然的に女性は男性に頼ることが多いでしょうし、

普段から男性にイニチアシブをとって欲しい女性もいるでしょう。

否定はしません。


しかし、人格者でもなく実力もない男性が、

「男性だから」というプライドのみで、

自身に関わる女性の多くに対して

大きな態度で振る舞うことには疑問です。


実力もなく人格者でもなければ

女性からの本当の信頼を得ることは難しいですし、

最悪、「あの人は褒めておけば何でもやってくれる」と、

女性の手のひらで転がされるだけです。


その経験から学習や成長もあるでしょうけど、

そこまでして自分のプライドの保っていても

気がついたら自分で自分の首を絞めていたり、

身動きが取れなくなったしまう結果になることもあるでしょう。


「男は女を守るもの」と男性が考えるのは良いですが、

実行するのであれば、最低でもボロが出ない実力をつけること。

(もちろん、圧倒的な知識量や経験値、判断力があれば文句ありません。)

もしくは、男性自身より知能が低い女性なのか高い女性なのか

見分ける力をつけること。


そして、イニチアシブを取ることが難しいと感じたら

男性は女性に対して素直に対等に関わることが肝要だと思います。


また又・「働く」ということ。

過労死や自殺などの問題により、残業時間の上限を国が制限しようとしています。

基本的には賛成です。


過労はもちろん問題なので論外ですが、

従業員の残業する理由の3割(?)が「残業代が欲しい」という、

人件費が発生する会社にとってはもちろん、

ダラダラ仕事をすることが癖になってしまい、

能力向上の妨げになるであろう従業員本人にとっても

プラスにならない残業なので

そういった類の残業は制限すべきでしょう。

ただ、仕事にやりがいを見つけたい場合や

仕事でステップアップしたい場合は別です

 

誰でも出来る、例えば単純作業の残業は

会社も従業員も無くす努力をすべきでしょう。

ただ時間を消費してしまう、

残業の"量"を調整することは会社の責任ですし、

従業員本人としても能力向上にはあまり繋がらないため

デメリットが大きいです。


しかし、残業の"質"が高ければ能力向上に繋がることはもちろん、

個人の価値を高める可能性があるので、

ある種の必要悪だと思っています。


「私がいなければダメになる」なんて仕事はほとんど無く、

世の中のほとんどの仕事は誰か1人欠けても

どうにかなります。

ただ、「どうにかなる」けれど、

その仕事に点数をつけるとすれば、

100点満点が60点になっているかもしれない。


その60点を70点、80点にするためには時間をかけるしかなく、

年月をかけてゆっくり経験値を積むのか、

残業してでも知識を増やして学習してスピードをあげるのか。

そうすることでスキルアップに繋がることはもちろん、

個人の価値を高めることになり、ステップアップに繋がるでしょう。

もちろん体調を崩してしまうほどの過労は論外ですが。


仕事は生きていくための手段に過ぎず、

プライベートに生きがいをもとめるのであれば

残業をする必要はほとんど無いです。

しかし、仕事にやりがいを求めるのであれば、

「量より質」を念頭に置いて残業することも大事だと思います。



続続・「働く」ということ。

有難いことに日本は完全な学歴社会ではないです。

・大学が多すぎて、大学のレベルがピンキリ。
また卒業が容易な大学も少なくないので、
大学は選ばず、「大卒」という肩書きだけ欲しいのであれば、
お金さえあれば比較的容易に取得出来る。
つまり、「大卒」という肩書きだけでは
本人の素質を企業側は見抜きづらい。
・高卒や専門学校卒、大学中退でも
社会的に成功している人が多くいる。

などの理由から、大手企業でも中途採用に対して
門戸は開かれていることが少なくないです。
もちろん新卒の段階で
高学歴でかつ潜在的に高スペックであれば
生え抜き社員として働けるので時間の無駄がないうえに
待遇も良いです。
そして、ヘッドハンティングは別として、
中途採用は会社側から評価されるまでに時間がかかりますし、
年齢の割にスタート給与が低い場合があります。
メリットとデメリットはあります。
それでも働きたいと思えば、本人の努力次第で
働きたい場所で働ける可能性は充分あります。

新卒以外ほとんど採用しない企業もありますが、
全国的に見ても唯一無二な業務をやっていることは少なく、
その企業でなくとも、
近い内容の業務を行なっている会社は他にもあるはずです。
(もちろん全ての企業には当てはまりませんが。公務員など。)

また、大企業は高待遇の可能性が高いですが、
大企業だからこそ各所調整が必要で動きが鈍いこともあり、
それに比べ中小企業やベンチャー企業は良くも悪くも変革が早く、
「やりたい」を実現するまでのスピードが速い可能性が高いという、
やりがいや成長の違いもあります。

だから、奨学金制度を利用してまで大学進学したい方が
思っている以上に多いことが不思議です。
どうしても大学進学しないと研究できない、
例えば何かしらの研究職を目指しているのであれば理解出来ます。
数学オリンピックだったり、W杯クラスのスポーツなど、
世界規模の大会の受賞者であれば理解出来ます。

しかし、
「大卒という学歴が欲しい」
「社会でやりたいことを探すために大学に進学したい」
という理由などであれば、
むしろ社会で働いて経験やスキルを積んだ方が
好きなこと・やりたいことに近づける可能性がありますし、
最悪、中途半端な結果で卒業してしまう可能性もあり、
無理をしてまで大学進学することには疑問です。

そして、それでも奨学金制度を利用して
大学進学したいのであれば、
学年トップで卒業するぐらいの強い意志と、
奨学金制度を無駄遣いで終わらせない覚悟を持つべきだと思います。

続・「働く」ということ。

フリーランスではなく会社で働いており、
給与を昇給させたい場合。
個人的には「責任感」が大事だと思います。

与えられた仕事が納得いかなくても仕事は仕事。
給与の対価として仕事をすることは義務です。
義務を果たさなければ、
その会社の社員ではありません。
ですので、しばらく働いても
やりがいはもちろん、
スキル取得などのメリットを感じず
苦痛しか感じない業務内容であれば
極論、潔く辞めるべきだと思います。
どちらが正しい、どちらが間違っているのでなく、
「合わない」というだけ。
本人にとっても会社にとっても
合わないのに無理して過ごしても
時間の多くがお互いに無駄。
有難いことに日本は完全な学歴社会ではないので
100%では無いにしろ、
自分により合う会社は見つかります。
(ただ、あまりに転職すると
諦めグセや辞めグセがつくので転職選びは慎重に。)

話は逸れましたが、
給与に見合う仕事をするのは当然。
そして、そこにどの程度「責任感」を上乗せ出来るか。
仕事に責任を持てば、
「案件のゴールを見据えた仕事」を意識出来るし、
「社内はもちろん社外(客含む)の未来」を意識出来るし、
「社内での将来の自分」を意識出来る。

そこから初めて、昇給の権利が与えられると思います。
義務と責任を果たしてこそ権利を主張出来ます。